February 8, 2010

3J


3年ぶりに岡山さんに再会した。
高校3年のときに同じクラスで、東京の大学に進んだ友人。
就職先も決まっていて、現在は内定者バイト中。

小島、岡山さんと渋谷で待ち合わせ。
それから、韓国料理屋へ。
終止小島の意味不明なノリで会話が進んでいた。
特に中身のあるような会話はしなかったけど、
すごく貴重な時間を共有した友人と集まることで、
その時のことを思い出したりもした。

このメンバーの接点は、高校3年の時の「起業家講座」。
付属校進学コースの僕らは、少し変わった授業を取っていて、
起業家講座もその一つ。
SCP(Student Company Program)は、起業家講座の一環で、
実際に高校生が株式会社を起こすというプログラム。
ある種、模擬的で保護されている部分もあったけど、
それはとても貴重な経験だった。
今考えてみると、確実にそれは僕にとってのターニングポイント。

僕は、代表取締役を務め、二人は生産部の社員だった。
二人とも、僕からしてみると、「デキル部下」だった。
特に、岡山さんの存在は、僕が活動する上で非常に重要な存在だった。
自分もがんばらねば、という気にさせれた。
振り返ってみると、良いことも思い浮かぶけど、
実際活動中はキツいことばかりだった。
でも、そこから得たものはとても大きい。

そんな貴重な時間を共有してる人たちとの飲み会。
今度は、きっと二人が卒業して、社会に出てからだろうか。

February 6, 2010

アートと饗宴


東京造形の曽我くんに誘われたので、
桑沢に芹沢高志さんのトークを聞きに行って来た。

曽我くんとは、空気の港以来なので3ヶ月ぶり。
渋谷で、ランチをしてから桑沢へ。
会場には、大村くん、山崎くん初め東京造形の学生が集合。
今回のトークは、岸健太さんが東京造形で担当する授業の一環で開催された。
授業の最終目的は「新しいかたちのシンポジウムをデザインする」こと。
タイトルは、「アートと饗宴」。
問題意識は、本来のシンポジウムは、ギリシャの「饗宴」から派生したもので、人々が集まる社交の場で、現在の一方向的な形式のシンポジウムではなかったということ。
それを踏まえ、新しいかたちのシンポジウムのあり方を探る。

トークは、むしろ自由参加型のシンポジウムのようなもので、
会場の参加者の発言という不確実性と偶発生をきっかけに進められた。
終わってみると、「場」という軸で議論が一貫性を持っていたように思う。

個人的に気になったのは、
・Managemntという単語の訳し方
 『管理』『運営』『経営』という単語それぞれが持つニュアンスの違い
・計画性と偶発性、不確実性のバランス
・偶発性、不確実性の伴う状況をいかにマネジメントするのか
 映画の撮影が、そのプロセスを良く反映しているメタファーであること。脚本はビジョンを落とし込んだ計画書。それを実行するために、撮影を行うが、現場で起こる不確実且つ偶発的な要因をいかにマネジメントし、予算的、時間的な制約をクリアした上で作品を完成させるかというプロセス。
・都市の記憶喪失化
・アートで町おこしをすることの行き詰まりについて
 アートがブームとなり、簡単に使われていること。日本の町は、家庭の延長であることを踏まえた上で、その活動を再定義しなければならないこと。町おこしの手段として、アートは選ばれやすいこと。

この授業の最終成果発表として、
3月27日(土)にアサヒ・アート・スクエアでシンポジウムが行われる。

February 2, 2010

SCAI

長い長い休みを経て、ようやく動き出した。
今日からSCAI THE BATHHOUSEにてインターンシップが始まった。
待ちに待ったとも言うべき、新スタート。
一年も、8%が終わってしまったけど、ここからダッシュ。

今日は、事務所への挨拶と倉庫の整理のお手伝いをさせてもらった。
都内のいたる所に倉庫が幾つかあるので、点々としながらの作業だった。
実際に、作品に触れながら作業ができるというのは、すごく貴重な経験。
それに、ギャラリー運営のリアルな仕事に触れられるというのも、貴重な機会。

このインターンシップを通して、
ギャラリー運営、アートマネジメントについて知識、経験を蓄えたい。
アートにどうゆうスタンスで関わって行くのかをより深く考えて行くきっかけにしたい。

January 18, 2010

コンクリート ジャングル

先週の水曜日、東京にやって来た。
これから半年くらい、シューカツとインターンのために滞在。
中野で、ポーランド人、アメリカ人、スペイン人たちとシェア。

東京に来てからの6日間といえば、
SCAIにインターンの面接に行き、
立命館東京オフィスで、「まだ自己分析も終わっていないのか」と一蹴され、
会社説明会に行き、本格的にシューカツ戦線の幕開けとなり、
ギャラリーのオープニングに行ってみたり、
ホームパーティに参加したり、
新宿まで歩いてみたり、
と、充実してるんだかしてないんだかわからない感じ。

何かしていないと、何だか後ろめたい気分になる。
が、しかし、なにかするにもお金がかかる。
そんな葛藤の毎日。

相変わらず、この街は僕には刺激が強すぎる。
果たして、コンクリート ジャングルから無事生還することができるのだろうか?

January 10, 2010

大友良英 trio

今日は、母とライブに行って来た。
COCON KARASUMAShin-biで、大友良英氏率いる「大友良英 trio」のライブ。
以前から名前はよく耳にしていたし、昨年は別府でもワークショップがあった。
ようやく、ライブに参加することができた。

「幽閉者」や「Christian Marklay」、「John Cage」
などのキーワードは知っていたけど、
正直なところ、名前しか知らなかった。
母親に、「どんな音楽?」と聞かれても、当然答えられるわけもなく。
そんな説明で、来た母も母だが。

ギター、ドラム、ベースからなるスリーピースバンド。
演奏局は、大友さん曰く「ジャズ」とのこと。
音楽に疎い僕にとっては、なんだか「ノイズミュージック」に近い感じもした。
演奏中には、ギターの弦が2度も切れる激しい演奏。
3曲ほどの演奏で、それぞれ20〜30分くらい。

これを期に、「幽閉者」を見てみよう。

January 9, 2010

最前線

今日は、Mori Yu Gallery Kyotoでの
藤原康博 個展「記憶の肌触り」オープニングに行ってきた。

主役である、藤原康博さん、オーナーの森裕一さんはじめ、
数人のアーティストの方が参加していた。

藤原さんの作品のモチーフは、山、鏡、家。
山というモチーフは、神話や童謡に出てくる"山"や"海"から影響を受けていて、
それらは概して畏怖すべき対象である。
それらは、時に私たち人間に実りをもたらし、時に私たちに災いをもたらす。
僕は、そこにアニミズム的な精神性を感じた。
神話や童話からの共通性、共通項を抜き出したという点では、
レヴィ=ストロースの構造主義の原点にも似た手法を想起した。

実際に作品を見て、感じたこと。
実際にアーティストの藤原さんと話してみて、感じたこと。
それらが積み上がって、作品を考える。
いったい、作品はどこまでいくと完成なのか?

アーティストやギャラリストの方々との会話。
僕はそこから何を得たのか?
アーティストがどうゆう心持ちで制作に臨むのか、
現在のアートマーケットの状況、
作品に関係する人たちがどうゆう関わり方をしているのか、など。

実際に見てみなければわからないことは多いし、
実際に会って、話してみなければわからないことはすごく多い。

シューカツを目前に控えて(いや、もう始まっているか)、改めて、立ち止まる。
僕は、なにをしたいのか、と。

January 6, 2010

遭遇



今日はぶらりとしていたら、友人にばったり遭遇した。

伊勢丹で、買い物をしていたら、
ピースボートで世界一周帰りのしょーへいに遭遇。
滋賀へ帰るところだったそうな。
お互い、シューカツがんばりましょう。

そして、四条河原町を歩いていたら、
以前シェアしていたともしに遭遇。
母親と買い物に来ていて、ちょうど帰るところだったとのこと。

京都って狭いなー。