今日の朝は早かった。アファンが札幌に行くのでスカイプでアドバイス。なんだかんだで気付くと3時間半も喋っていた。アファンの日本語は凄く上達していた。しかし、就職活動はサッパリ。そして、またもやJ田S一朗がやってくれた。
図書館に行ってから、美術館に抽象画家Van Dongenの展覧会を見に行った。ウォーホルの展覧会が終わって、すぐにこの展覧会が始まった。2週間くらい前からだろう。
ウォーホルの展覧会も、最終的には二回見に行くことができた。作品と音楽のつながりが強調されたキュレーションだった。それは二回見てとても強く感じた。彼の生き方は音楽から大きな影響を受けている。それが作品にも大きく影響している。大学時代のオペラからNYでのクラブまで。展覧会を見るまでは、単にいかにもポップアートらしいカラフルな色使いとウォーホル自身のセレブな感じが好きだった。見終わってみて、改めて作品とその背景にあるもの、コンセプトを考えさせられた。
あれだけ大きな展覧会は六本木クロッシング以来。とは言っても、そもそも美術館自体それほど行っている訳でもないが。基本的に今まで行った美術館や展覧会は現代美術が多い。絵画のみの展覧会に行くのは今回が初めてだと思う。
オランダ生まれで、最終的にフランス国籍を獲得したVan Dongenの作風は広告の作風とは異なるものも多かったが、色使いなどは僕の好みだった。初期の作品は基本的には白と黒のみの作品で、オランダの港町の模様とそこで生きる人々が、粗い紙の上に力強い線で描かれていた。当時その港町は、多くの船乗りやヨーロッパ各地からの移民に留まらず、世界中からの人々で溢れ返っていた。Van Dongenに取っては楽園のような場所だったらしい。そこで生きる人々を、太く力強い線で荒い紙の上に表現したのが初期の作品だ。
そして、イラストレーターとしても仕事を始めた時期の作品は労働階級の人々を、同じように太い線で描いていた。また、風景がも描くようになる。この頃から徐々にカラフルな作品が増え始める。絵の具を直接キャンバスに押しつけている油絵の作品が目立つようになる。
次は女性のポートレートを書き始め、ピカソとも交遊を持つ時期の作品だ。この時期の初期の作品は、賛否両論あったようだ。キャンバスの中で被写体が生き生きと動いている感じだった。きっと構成、色使い、線などの影響なのだと思う。個人的には、この時期の作品が一番好きだ。いかにもハッピーなオーラが漂ってくる花を描いた絵画が二枚あった。作品の前に立っていると、キャンバスから色が洪水のように溢れ出てくるような感覚がたまらなかった。
町中に配されるこの展覧会のポスターにも使用されている絵画はこの時期のものだった。この時期以降は、女性を描いたポートレートがメインで展示されていた。
また絵画のみではなく、陶器も展示されていた。
次のセクションは、Van Dongenがモロッコ、エジプトに渡った際の絵画がメインだった。これ以降色使いに深みが出た感じがした。被写体の女性も少し雰囲気が変わり、色使いも変化したせいか、前の時期とはことなる雰囲気だった。ミステリアスな雰囲気もあった。
この辺りになると、歩きっぱなしで足が疲れて集中して作品を見られなくなった。このセクションは説明も読んでいないので、なにがキュレーションのメインだったのはわからないが、フェリーの前にいる男性を描いたポートレートが印象的。
最後の部屋は、作品は殆どなく、Van Dongenの生い立ちが年表と写真で記してあった。ヒゲを蓄えたかっこいいかんじのおじいさんだった。ここの部屋に飾られていた絵画は、凄く奇麗な色使いの公園と小麦畑を描いた風景のものだった。
抽象絵画は抵抗があった。というか今でもある。現代アートににしても、そうだけど「美」という感覚は難しいなと思う。美術は、感じ方はそれぞれの人次第、とはよく言うが、現代アートや抽象絵画はどこが素晴しいのか全く理解できないことがよくある。事実、今まで美術館に通っていたのもアートかぶれで、アートに関わっていることがカッコいいという考えに基づいていたところがある。純粋に作品に興味があるわけではないことも多い。
僕の中での美は、絵画では印象派が生まれる前の、写実主義辺り。美というか、これは凄い技法!よく描けてるなあという感じ。
抽象芸術に価値を感じられない原因の一つとして、一つの作品に信じられない値がついているが、僕の中で、その絵画がその価値に見合うものだ、と理解出来ないという状態が在ると思う。なぜ、これにこんな値段が!と僕の中での尺度で絵画の美しさと値段が全く釣り合わない。それで、僕は自分の中で、抽象芸術は「よくわからないもの」というレッテルを貼る。そして美術館で抽象画を見るときには、この絵画がここに在るということは「よくわからないけど」きっと高額で価値のある作品だという、認識をもって見る。結局、これは価値の尺度としてのお金に自分の感性が影響されているすごくつまらない見方なのかもしれない。
地中美術館に行ったとき、モネの睡蓮の作品を見た。勿論きれいだなとは思ったが、特にこれと言って特別な感情は生まれなかった。ただ、この美術館にあるってことは相当有名なんだろうなという程度で終わった。
でも、歴史を見ると面白いなと思うことがいくつか合った。抽象絵画の起源は、19世紀後半。科学技術の進歩で写真が登場し、写実主義であった絵画が必要なくなる。そして絵画は独自の道を選ぶことになる。こうゆう歴史を見ると、なるほどと理解出来るようになる。少し知っているだけど、絵画の見え方も変わってくるというのは凄く面白いなと思う。